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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)649号 判決 2000年7月18日

原告

安田ケサエ

ほか二名

被告

吉良智晃

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金五五万円及びこれに対する平成八年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一六五万円及びこれに対する平成八年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成八年一二月二〇日午後五時三〇分ころ

(二) 発生場所 大分県南海部郡弥生町大字山梨子鬼ケ瀬トンネル内

(三) 加害車両 自家用普通乗用自動車(大分三三な七四七)

所有者兼運転者 被告

(四) 被害車両 自転車(X四六二四九五三)

被害者 訴外後藤俊一

(五) 事故態様 追突され、跳ね飛ばされた。

2  責任原因

被告は加害車両の所有者であるので、自賠法第三条の運行供用者責任を負う。

3  後藤俊一の死亡

後藤俊一(大正三年一一月二二日生、以下「俊一」という。)は、右肋骨骨折、後腹部腰部打撲、全身打撲、顔面擦過傷、頭部打撲兼切創、右腓骨近位端骨折の傷害を負い、慈恵会西田病院で治療を受けていたが、平成八年一二月三〇日死亡した。

4  原告らと俊一との関係

原告らは、いずれも俊一の子で共同相続人(及び遺族)であり、その相続割合はそれぞれ三分の一である。なお、俊一の妻は既に昭和五九年に死亡している。

5  原告らの損害

(一) 原告らは、被告の自賠責保険(大東京火災海上保険株式会社扱い)に自賠法第一六条の請求(被害者請求)をし、支払を受けたが、そのうち、慰謝料部分は一〇五〇万円である。

(二) 俊一の死亡慰謝料は一五〇〇万円が相当であるので、慰謝料未払は四五〇万円である。

(三) 原告らは、弁護士費用としてそれぞれ一五万円の支払を約した。

6  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実は不知。

3  同5の事実のうち、(一)は認め、(二)、(三)は争う。

三  抗弁

1  俊一は、平成八年一二月二〇日、本件事故により右肋骨骨折等の傷害を負い、西田病院にて同月二八日まで入院治療を受け、退院後自宅療養中、右退院から二日後に死亡したものである。死体検案書によれば、右死因は、冠動脈硬化症による急性心筋梗塞疑いとされている。

2  自賠責保険請求手続においては、自賠責保険有無責等審査会の審議を経て、本件事故と死亡との間に因果関係が存在するかは認定困難であって、死亡による損害の五〇パーセントを減額することが妥当と判断されたが、五回に及ぶ異議申立てを経て、本件事故と死亡との間に因果関係が肯定されたものである。

3  俊一の死は、病死及び自然死とされるものであり、本件交通事故と死亡との間に因果関係はない。仮りに因果関係が認められるとしても、本件事故の寄与度は、極めて少ないといわざるをえない。

4  俊一は、大正三年一一月二二日生であって、本件事故当時八二歳の高齢者であり、無職者であるが、自賠責保険請求手続においては、逸失利益として三二五万円(ただし、労働対価分として二九四万二九二六円と年金分として三〇万五四五三円の合計三二四万八三七九円の端数処理をしたものである。)の認定を受け、総額一四三〇万円が支払われている。

5  以上のとおりであるから、本件事故に基づく死亡慰謝料としては、自賠責保険請求手続において認定され、支払われた総額一〇五〇万円をもって相当とすべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の事実は認める。

2  同3の主張は否認する。

3  同4の事実は認める。

4  同5の主張は争う。

五  再抗弁

自賠責保険の死亡保険金の上限は三〇〇〇万円であるので、原告ら主張の慰謝料差額及び弁護士費用を既払金に加えても、計一九二五万円にしかならず、三〇〇〇万円の範囲内である。

したがって、本件紛争は自賠責保険の範囲内の争いであり、被告も自賠責保険の範囲内であることを承知の上、自賠責保険の取扱会社である大東京火災海上保険株式会社に訴訟告知をしているのである。そして、自賠責保険は一〇〇パーセントの因果関係を認めているのであるから、被告が自賠責保険の範囲内の本件紛争で、一〇〇パーセントの因果関係を争うことは禁反言の法理に反して許されない。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

1  禁反言の法理の主張については争う。

2  自賠責保険手続による認定に原・被告らが拘束されるものでない。

現に原告らは、自賠責保険手続により認定された損害賠償額を超えて請求しているとおりであって、訴訟手続においては、損害額はもとより因果関係の有無、後遺障害の程度、過失割合等々について、自賠責保険請求手続による認定に拘束されることなく、それぞれ主張され、判断されているところである。そして、被告が訴訟告知しているのは、自己の権利保全に基づく当然の手続である。

理由

一  本件事故の発生、俊一の死亡、自賠責保険請求の経緯等(請求原因1ないし3の事実及び抗弁1、2の事実)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故と俊一の死亡との間の因果関係について検討する。

乙第三号証によれば、自賠責保険請求手続において、自賠責保険有無責等再審査会の審議を経て、俊一の死亡原因・死亡に至る過程については、現時点の資料では医学的なメカニズムの解明は困難であるにしても、事故が死亡の引き金になったこと自体は否定できないことから、死亡という事実に対して事故という事実が寄与していることを認め、したがって、俊一の年齢・受傷態様・退院時の状態・死亡までの時間的経過の諸事情を総合的に勘案し、被害者の保護の見解から、事故と死亡との因果関係を認めるべきであると判断していることが認められる。

右事実によれば、自賠責保険請求手続においては、本件事故と俊一の死亡との間の因果関係を一応肯定しており、他にこれを左右するに足りる証拠がない本件にあっては、右同様これを肯定するのが相当であると認める。

三  本件事故に基づく死亡慰謝料として自賠責保険請求手続において総額一〇五〇万円と認定され、これが原告らに支払われたことは当事者間に争いがない。

原告らは、俊一の死亡慰謝料は一五〇〇万円が相当である旨主張し、被告は、自賠責保険請求手続において認定され、支払われた総額一〇五〇万円をもって相当である旨主張する。

前記の争いのない事実及び前項の認定事実並びに乙第一号証ないし第三号証、第四号証の一ないし三によれば、本件事故は、トンネル内において、俊一の運転する自転車に、後方から進行してきた被告運転の普通乗用自動車が追突し、俊一が一〇日後に死亡したものであり、死体検案書の死因の種類は病死及び自然死に分類され、直接死因は急性心筋梗塞疑いであって、その原因は冠動脈硬化症であるとされていること、原告らが被告の自賠責保険に自賠法第一六条の請求(被害者請求)をしたところ、自賠責保険有無責等審査会の審議を経て、平成九年七月一九日付けで、本件事故と死亡との間に因果関係が存在するかは認否困難であって、死亡による損害の五〇パーセントを減額することが妥当であるとして、その支払をしたこと、これに対し、原告らが四回の異議申立てをしたが、いずれも当初の回答どおりであるとして棄却されたこと、しかし第五回目の異議申立てにおいて、追加の調査がされ、専門医の画像所見上、俊一の死亡を直接に惹起するような傷病がなかったことが認められたこと、死体検案を行った医師や入院治療を行った病院の勤務医は、本件事故による受傷が直接死因に結びつくような見解を述べてはいないが、前記のとおり、事故が死亡の引き金になったこと自体は否定できないことから、死亡という事実に対して事故という事実が寄与していることが認められ、俊一の年齢・受傷態様・退院時の状態・死亡までの時間的経過の諸事情を総合的に勘案し、被害者の保護の見解から、事故と死亡との因果関係を認めるべきであると判断され、残額の五〇パーセントの支払がされたこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、本件事故と俊一の死亡との間には因果関係があることは認められるものの、直接死因は急性心筋梗塞疑いであって、その原因は冠動脈硬化症であり、本件事故による受傷がその発症原因であることを客観的に認めるに足りる証拠はないことに照らせば、俊一の死亡による慰謝料は一二〇〇万円と認めるのが相当である。

四  原告らは、本件請求は自賠責保険の範囲内の争いであり、自賠責保険は一〇〇パーセントの因果関係を認めているのであるから、被告が因果関係を争うことは禁反言の法理に反して許されない旨主張する。

しかしながら、原告らが自賠責保険手続により認定された損害賠償額を超えて請求しており、訴訟手続においては、損害額はもとより因果関係の有無等について、自賠責保険請求手続による認定に拘束されるものでないことは、被告の主張するとおりである上、前記のとおり、自賠責保険請求手続においては、被害者保護の見地から事故と死亡との因果関係を認めるべきであると判断されたものであるから、本訴において、因果関係の有無及び本件事故の寄与度について判断をすることはもとより相当である。

五  原告らが被告の自賠責保険から慰謝料として一〇五〇万円の支払を受けたことは前記のとおりであるから、被告は俊一の死亡に基づく慰謝料として一五〇万円の支払義務がある。

被告は、原告らが既に本件損害賠償として既に総額一四三〇万円の支払を受けていることを考慮すべきである旨主張する。

しかしながら、俊一の逸失利益や葬儀費用については、自賠責保険が認容した額は相当であるから、慰謝料の算定については、これらを控除の対象として参酌する必要は認められない。

六  本件認容額及び訴訟の経緯を考慮すれば、本件事故と因果関係のある弁護士費用は一五万円と認めるのが相当である。

七  甲第二号証の一ないし四によれば、原告らがいずれも俊一の子で共同相続人であり、その相続割合はそれぞれ三分の一であることが認められる。

八  よって、原告らの本訴請求は、原告らに対し各金五五万円及びこれに対する本件交通事故の日である平成八年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田清次郎)

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